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 しばらく会っていないが、その後どうしているだろうか。
大学卒業以来だから、もうあっという間に二十年余になる。その間、互いに家庭を持ち、息子や娘たちが生まれ、その子どもたちが学校に通うようになって、僕たちもいつの間にか親の世代になってしまった。
 思えば、僕たちの青少年期は戦後教育の一つの転換点にあった。六〇年七〇年の安保闘争と大学紛争は戦後の教育に対する一つの問いかけでもあったはずだが、八千五百人の機動隊に囲まれた東大安田講堂が七十二時間の攻防末硝煙に包まれた落ちた後の学生運動が、結局社会的理解を得られず、その後「あさま山荘事件」などに孤立・自壊していったように、戦後教育に突きつけられた問いも、なし崩し的に社会の隅っこに押しやられ、うやむやになってしまった。そして僕たちが学生時代を過ごした七〇年代末から八〇年代初頭の学舎にはただ虚無的な残滓が燻っているばかりであった。もう死語になってしまったが、僕たちはいわゆる無気力・無関心・無責任の三無主義的の仮面の下に自我の形成をしなければならなかった。社会秩序のみが優先される社会を生きるただ一つの手段は、牙を隠し思想を内に抱え、ひたすら「おとなしくいい子でいること」だったように思う。けれどもそうして現出した社会は、見せかけの豊かさと無思想・無節操・無駄が跋扈し、ここ十年足らずのうちにも自殺者が一万人から三万人と交通事故死の三倍にあたる死者を出すようななんともやりきれない閉塞感と不安に覆われた社会となってしまった。
そんな時、「二度留年して大学を卒業し、教員試験を半分親の口利きで通り、ようやく山奥の分校の国語教員にひっかかった。そのオレが、追試を何度も受けてようやく教養の単位を取った苦手の英語を、一番若いというだけで中学生に教えることになった」と自嘲まじりに語った、あの頃の君を思い出す。地域や職場で教育のことが話題にのぼるたびに、よりよい教員になろうとして大学院に学んだものの結局教育の道を選ばなかった僕は、そうした破れかぶれの状況でも教育の場を投げ出さずにいた君を懐かしく思い出しているのだ。
 この四月から完全学校週五日制がスタートし、新学習指導要領がスタートした。構造不況やそれにともなうリストラ、デフレ・スパイラルの嵐が吹き狂う社会の中で、なぜお役所や学校だけが五日制を先行するのか、学力低下や私立との格差の問題もあって夏期休業のあった教員に対する風当たりも強いだろう。教員とて、授業時間や休暇は削られるは、パソコン対応なども含め文部科学省の役人があれもこれもと打ち出してくる新規発想や、さらに教員世界の旧態依然とした慣行にも付き合わねばならないし、なによりも地域に暮らす一人の市民や親の務めだって果たさねばならない…「いい子」の就職口としてあった教員の世界も、社会の締め付けの中で住みにくくなってきたのではないか。
 九月下旬の朝日新聞に、「教師の9割『現実離れ』」という見出しで、文部科学省が進める教育改革について、全国の公立中学校の教員、校長約六千人のうち97%が「もっと学校の現実をふまえた改革にしてほしい」と考えている、というアンケート結果(国立教育政策研究所の調査)が載った。内容は、「新学習指導要領などを軸とした教育改革に、公立中学校の現場が追いついていない実情」として、「熱心で、多忙な教員ほど、実態をふまえた改革を求めている」として文科省の進める教育改革を現実離れ≠ニするものだが、「文科省は変わり身があまりにも早すぎた」とする一方で、「しかし、いまは大改革期で、教員に、これまで以上に力量の真価が問われているという自覚が必要だ」とする大学教授のコメントを載せるなど、紙背には改革期の現実を見ようとしない教員の現実認識の甘さ≠指弾しているように読み取れた。さらに翌日の同紙には、二十年前と同じ内容の算数の学力テストを首都圏六二〇〇人の小学生に受けさせたところ、その正答率が一割以上も落ちていることが、一面トップで報じられた。…歴史的にもマスコミは無責任な野次馬のような面を併せ持つものだから、記事を書く記者の一個人としての思いや記事の底を流れる社会の動きは感じる必要があろうが、報ずるところだけをそのまま真に受けて君が深く悩む必要はない。その思いに応えるのは、改革や制度ではなく、個人としての君の実践以外にないのだから出来ることをやるまでだ。
 教育現場に対しては、本来家庭や地域社会で行うべき躾まで求める筋違いな要求から、学校や教員には多くを望んでも無理だという冷めた意見まで、多くの見方がある。様々な事件に絡んでニュースに登場する論外な教員もいるが、その度に僕は子どもに「教員も色々な人間のなかの一人だから色々な人がいるのだ」と念仏のように言っているし、そんな人間の弱さを含めて学んでくれればいいと思っている。僕も教員に多くは望まない口だ。悩みながら、それでも一生懸命生きている一人の人間として、弱さも醜さも含め、子どもたちの前に立ってくれればいい、子どもたちはきっとそんな姿から何かを感じるに違いないと思っている。それが大人の役割だし、教員は教室で、親は家庭で、その役割を果たせばいいのだと思っている。もっとも君はそんなことを言われなくても、ブツブツ言いながらも、マイペースで馴れないパソコンのキーボードでも叩いているのだろうが…。(下伊那教育 2002.12)

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