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M師との一問一答から



2005年7月、突如、庭先養蜂家になったまったくの素人。参考書を見てもわからないことだらけ。
そこで小生が抱いた初心者的「?」に関し、M師他、先輩諸氏及び体験から得たデータを記録して
今後の資料にするとともに、HPに公開、小生と同様、諸々の疑問の壁に突き当たった諸氏の参考
に資するものである。


      

Q1 飼育箱は地域差を考慮して 


 飼育箱については研究者が西洋蜜蜂の飼育箱や巣枠等を改良して研究的に提示しているものや、愛好者が鹿児島から青森までの地域地域で伝統的に使用してきたもの、また個々人で改良工夫した箱など、自然木の胴・桶を利用したものから、重箱式や縦巣箱など多用であり、研究書やHPを見ても多用である。したがって、「西洋蜜蜂のようなマニュアル化されていない」と捉えるのが妥当であろう。

 日本蜜蜂の飼育の試みは『日本書紀』の皇極天皇2年(643年)に記載があり、平安時代には献上品として『続日本紀』(760年)や『三代実録』(872)『延喜式』(905〜927)に掲載され、また江戸時代には『日本山海名産図絵』(1799年)に人家の軒下につるした樽や箱に飼われている姿がある。また江戸末期になると、紀州の通称「蜜市」と呼ばれた貞市右衛門が数百群に及ぶ大量飼育をしていた記録も未見だがあるそうである(『養蜂の農聖 蜜市翁小伝』1959年)。また明治になってもウィーン万博(1873年)で紹介する目的で田中芳雄男爵が『蜂蜜一覧』(未見1872年)という日本蜜蜂の生態についての解説書を出版している。

『日本山海名産図絵』(1799年)

『蜂蜜一覧』(1872年)

 以上のような先駆的仕事はあったものの、明治10年(1877年)の西洋蜜蜂の移入以降、その生産性の低さのため顧みられることなく、一部の愛好者と山里に逃避した僅かの群が生き延びてきたに過ぎない。したがって、近年の在来種ブームで見直されるまで、その生態そのものさえ一般には知られることが少なかった。玉川大学関係者が出された本を読んでも、「交尾飛行と雄蜂の集合場所」の存在など、ここ10年ほどで明らかになった事実が多々ある。

 まわり諄くなったが、したがって箱については、東南アジアで使われているものも含めイロイロあっていいのではないか。飼い方がマニュアル化している西洋蜜蜂に比して、むしろ日本蜜蜂の場合、四季に富んだ日本の風土を考えれば、地域の風土にあった様々な飼い方が模索されている最中のようにさえ見える。

 安全圏を選択するなら、地域の伝統的な飼い方(信州南部であれば縦巣箱など)ではじめ、それぞれ経験と能力によって工夫されてみるのがよいと思われる。ちなみに小生は、縦巣箱に入った1群を譲ってもらい、重箱式・縦巣箱・楓の抜き胴、計11箱を用意してスタートした。それぞれ長短あって、それぞれに勉強になる。ちなみに、今年分蜂した2群は蜂球を取り込みしやすかった縦巣に納め、計3群になった。夏が近づいて孫分蜂があるようなら、是非、重箱式に取り込みたいと思っている。(2006.5.6)

手前と奥の巣箱に2群

待ち箱、各種

右奥の巣箱に1群


Q2 巣箱に焼きは入れるか 


 「火事で焼けて空洞になった木の洞に巣をかける」という人から、「焼いては絶対にいけない」と書いている本や、「スムシ駆除をかねて焼いてから再利用する」という経験者。また、「蜜蝋を溶かし塗り込んでおく」「砂糖(人工蜜)でスプレーしておく」という人。また、「巣箱は水に漬けて灰汁抜きした板を使え」「天日に数年曝したものがいい」「新箱で問題ない」という意見があり様々である。これもまた研究途上で、自身が試行錯誤するしかないのかも知れない。

 ちなみに、小生は、1,M師から譲ってもらった以前蜂が使用した箱を焼いて掃除したものと、2,1年寝かした板で作ったもの、3,3ヶ月ばかり前に購入して作り、内側には焼きを入れ、水洗いした箱に3群を取り込んでいる。2は本巣であり、それ以外は今後の結果を待つしかない。(2006.5.6)

Q3 内検はこまめに


夕涼み 頭を外に向けるのが日本蜜蜂
 スムシが大敵であると、1群を譲ってくれたK氏が力説するので、貰った当初は最低でも3日に1度、ほぼ毎朝のように巣箱の底板を外して内見、掃除をした。7月初旬に貰われてきた1群は8月前にスムシを何回か発見し駆除したが、そのことを報告するとK氏は渋い顔をして、「スムシにやられるかも知れないな」とポツリと言った。初心者なので、巣房に手をやったり、大胆な内検もできないので、とりあえず毎朝のように巣板の掃除をするしかなかった。

 実はこの頃怖かったのは本当は逃亡だったのではないかと、今は考えている。K氏宅から場所を移動したのだから、本当なら蜂が花粉を運び出すのを確認するまでハチマイッターなど女王蜂逃走防止器具などをして、逃散を防ぐ努力をしなければならなかったのに、逃げ出すなどとは露考えず、出入り口をそのまま毎朝内検を続け、その上、わが家に来てからも3度ばかり場所を変えていたのだから今から考えると冷や汗ものだ。

 しかし、考えてみれば、自然界では誰も蜂の巣の掃除をしてくれるわけでもないのだから、スムシに対してもあまり神経質にならなくてもいいのかも知れない。わが家の蜂は鷹揚な性格だったのか、度重なる内部検査にもかかわらず機嫌を損ねることなく、その巣箱に住み続けてくれたが、度々、家の中を覗き込む熊のような黒い獣がいたら、その家に住んでいるのがイヤになる女王蜂だっているにちがいない。

 その頃は「王台」の確認すら(能力的に)出来なかったので、孫分蜂でも起こったらどうなっていただろうか。あまり考えたくないが、1週間近くで巣房3〜5房をつくる能力をもった彼らであれば引っ越してきてから2ヶ月もあれば相当な蜂児もいたであろうし、事実、その年9月終わりに箱を量ったら18キロあった。孫分蜂の可能性は充分あった。

 5キロで引っ越してきた群だから、「なんで採蜜しなかったのか?」と先輩諸氏に言われた。しかし、採蜜しなかった為ばかりでもなかろうが、とりわけ厳しかったこの冬をなんとか越したと思うと、地域の他の人々に先駆ける形で4月21日、24日と分蜂した。その後も逃避か分蜂かわからない蜂玉が2度ほど出来た。一段落したと思われた昨日じっくり内検すると、巣箱の王台は全部で6個あった。

 分蜂に一喜一憂していた頃、話をうかがったM師によれば「群の勢いもあるので、蜂たちが調整して2〜3回の分蜂で抑える(つまり王台内の女王蜂を刺殺して間引く)から多くて4回ぐらいか」とのことだった。そして確かに4回ほど蜂玉をつくったが、そのうち2回はきちんと取り込んだにもかかわらず翌日には居なくなっていた。無王群だった思う。つまりは、後の2回の蜂玉は、その前日に取り込んだ蜂の逃散行動で、逃散の蜂玉はつくったが、結局、飛び出した巣の女王蜂のもとに戻ったものと見ている。元巣に残った群の勢い等から鑑みて4回も分蜂したとは考えにくい。女王蜂を逃がさなかったハチマイッター様々である。(2006.5.6)

Q4 穴あき蓋を見逃すな!


 早春3月末から4月初旬にかけて、毎日巣箱の掃除をしていると、雄蜂の穴のあいた蓋を底板に発見する。わずか数枚なので、場合によっては働き蜂によって巣の外に捨てられることがあってこの最初の数枚を見逃すケースも多い。雄蜂の蓋が底板に落ちているということは、雄蜂が生まれたということで、雄蜂が生まれたということは群として次の女王蜂の準備をし始めたということだから、この最初の雄蜂の出現から10日から20日ほどで最初の分蜂を予測できるのだと、M師は注意を促してくれた。

 この雄蜂の蓋は日増しに多くなっていき、毎日50〜100個ちかく底板に発見できる。そうなって初めて気がつく場合も多く、その場合は分蜂が数日以内に迫っていると思われる。「繁殖期には1群に2,000〜3,000の雄蜂が生まれてくる」とものの本に記述があるが、平均100匹が10日で1,000匹、20日で2,000匹の勘定になるので、最初の発見から20日以内に分蜂というのは辻褄も会う。

 あとは分蜂に備え、トラップの準備。「トタンの下に竹の腐りかけた物又は桜の木などをつけて下さい、竹の腐りかけた物ではどこの家でも家族の理解が得られづらいので、桜の木をつければさほど庭園の景観には支障がないと思います」とM師のアドバイスするように、知恵の絞りどころとなるが、それは後述しよう。

 ところが、目を皿のようにして、雄蜂の穴あき蓋を発見したはいいが、なかなか分蜂がない。王台も何個か、確認できたのに、今か今かと待たれるが、毎日毎日雄蜂の蓋だけ大量に発見される。そんなときふっと「なんらかの事情で無王になった群では、そうと知ると働き蜂が女王蜂の代わりに産卵をはじめるが、生まれてくるのは雄蜂ばかりとなり、やがてその群は消滅する」とする本の記述を思い出す。

 心配になってM師に問い合わせると、「そういうケースもあるが、雄蜂が妙に小さくなければ大丈夫」「違った羽音をたて脚をぶら〜んとさせて飛んでいたら心配することはない」という。この「ぶら〜ん」という表現はまさにその通りで、なんとなく自分自身でも脚が邪魔そうに飛んでいるので、そのうち得心するようになった。(2006.5.7)

Q5 王台の変化といわれても…


 雄蜂の穴あき蓋が発見されるようになったら内険の折、巣板の外側にオデキのような突起がつくられていないか、ホースなどを吹いて蜂を巣から追いやり観察しなければならない。ちなみに小生はホースに思い至らなかったせいで、かがみ込んで必至にフウフウフウフウ吹いたので、終いには頭がクラクラした。M師がこれを聞いて「ホースを使うといい」と教えてくれた。M師が意図するホースは熱帯魚などを飼う際酸素を送り込む仕掛けをつくるときに使う直径5ミリ程度の細いホースだが、小生はそれまた思いつかず結局庭の水撒きに水道の蛇口につけて使うあのホースを使用した。これも結構肺活量を刺激する運動だが、前回のクラクラの症状は出なかった。

 話は横道にそれたが、こうして蜂を追いやり、観察しにくい場合は手鏡などを利用して巣房をの外側を内検すると、王台らしき突起が発見できる。はじめは産卵されていない穴なので、これはてっきり出ていった後かとおもったら数日して蓋がされた。また数日して繭が露出して茶褐色に変色したように見える。こうなれば、あと数日内で王台の茶褐色の蓋が働き蜂によって噛みきられ、天気のいい風のない日の午前中を見計らって分蜂する可能性が高い。

 ここでも小生が陥ったミスを書いておくと、本などには噛みきられた蓋がきれいに開いている様子などが写真入りで掲載されているが、噛みきられて女王蜂が出ていくと実際はその上を働き蜂が往来するのでまた蓋がしまったようになっていたり、あるいは王台が多い場合などは調整(間引き)が行われるのだろうか、横から食い破られていて、王台の蓋がいっけんまだ開いていないように見えることがあった。小生もそうした理由で第2分蜂は気がつかなかった。

 王台の繭が茶褐色になったら数日内のスクランブルなのだ。準備せよ!(2006.5.7)

Q6 トラップ、トラップ、トラップ!


 日本蜜蜂が飼育用として人気があるのは恐らく逃散や逃避といった習性を持ち合わせているからだろう。西洋蜜蜂のように飼い方がマニュアル化されており、したがって分蜂もコントロールでき、かつ蜜の生産効率が6倍も良ければ、「業」として取り組むのなら西洋蜜蜂に限る。生産効率は悪い、どこに分封するかわからない、せっかく取り込んでも巣が気に入らなければすぐ逃避する、こんなことに気を遣っていたら産業として成り立つはずがない。しかし、世の中「蓼食う虫も好きずき」といおうか、「じゃじゃ馬ならしが趣味」という御仁も多いらしく、細々とではあるが記紀の時代から和蜜(日本蜜蜂)の飼育を試みる人が絶えなかった。これはそうした気難しさを手なづけることに喜びを見出す人がいるからだ。つまり、日本蜜蜂の逃散の習癖を手なづけてこそ愛好家の株があがるというものだ。

 前置きが長くなったが、分蜂をコントロールできれば取り込み自体はさほど困難なことではない。5メートルも高い木の幹に蜂玉をつくられた日にはイソップのブドウではないが、あの群は無王群だとか、どうせ不良女王蜂さ、などと自身を慰めるしかない。あまり危険を冒して、病院のベッド往きにでもなったらカミサンがここぞと「蜂飼いなどやめてしまえ!」というに違いない。そこでトラップ(罠・わな)である。

 これについても地域地域で様々な方法が試みられてきた。板に樹皮を張り付けた傘上の誘導器や円柱状のもの、近年では黴の吹いたような太めの古竹を何本か簀の子状にしたもの、桜の樹木そのものから、雄蜂が集まるフェロモンと同上の香を出すという蜜蜂蘭各種(キンリョウヘン、ミス・マフェットなど)、あるいは待ち箱やその内側の板に蜜蝋を焼き込んだり蜂蜜や人工蜜を霧吹きで吹きかけておく方法など、どれも経験が生みだした方法が試みられている。

 これは人家の密集したところであれば迷い込まれたら面倒だし、環境に応じたトラップはいくつしかけてもいいだろうと思う。周囲の環境に比べて蜂が良いと思いこみそうな環境をつくってやればそれ以上の心配はしても無駄というものである。小生の場合も置かれた環境下でできることはすべてやったが、結局本巣から1メートルほどの椿の木の下にアルミの脚立を「V」の逆さ状に設置し、ステップに、もらってきた楓の抜き胴を渡した。つまり「A」の横棒の楓の抜き胴の下に王台が茶褐色になったあたりから人工蜜を塗って働き蜂に覚えさせたが、逃散もあわせ5回の分蜂(蜂玉)のウチ3回がそこに停まった。これが偶然かどうかは来年再び試みてみないとなんとも結論付け難いのであるが、一応の成果はあったように思う。ちなみにキンリョウヘンやミス・マフェットは未だ咲かない。(2006.5.8)

Q7 ハチマイッターで女王蜂を幽閉


  分蜂群は取り込んだからといって安心してはいけない。というのは、日本蜜蜂が飼育に向かない二大要因は群の逃避行動と蜜の生産性の悪さにあるからだ。蜜の生産性については産業化を目指しているならば重要な案件だが、趣味で飼う分には実は大きな問題ではない。むしろ、苦心惨憺つくった巣箱を厭って出て行かれる方がガックリくる。したがって、逃避行動こそ愛蜂家にとっては問題なのだ。

 そこで様々な工夫がなされてきた。一端群を巣箱に取り入れたら女王蜂だけを逃がさず、働き蜂だけが自由に働ける出入り口があれば最高だ。女王蜂が通れないと思われる4ミリの以下に出入り口を小さくする方法が諸々試みられてきた。信州日本ミツバチの会で販売しているハチマイッターもその一つだ。確かに、ハチマイッターを巣の出入り口に設置して、ハチマイッターの出入り口からだけしか出入りさせないようにすれば女王蜂は逃避できない。しかし花の蜜を身体一杯吸って帰巣してきた働き蜂や、脚に花粉をつけた働き蜂、また群と一緒に引っ越した身体の大きい雄蜂がこの出入り口を通過するのは身体を通らせてくれる場所を探して涙ぐましい努力が必要に見える。出入りに数倍の時間と体力がいるのだから、分封したばかりの新所帯の一群では、当然、集蜜や花粉の量も減るに違いない。したがって、女王蜂の逃避は防げるかもしれないが巣房をつくる速度も遅くなるにちがない。観察を続ければ続ける程、アルミニウムや鉄線の檻の棒を少し持ち上げて、彼らが通りやすいようにしてあげたくなるのが、愛蜂家の人情というものだろう。ここでその人情に負けて格子の枠を広げようものなら女王蜂に逃げられても文句は言えない。一時期、ハチマイッターの粗悪類似品が出回ってハチマイッターの販売を自粛したことがあったと聞いたが、類似品もあったに相違ないが、そうした愛蜂家の心理がハチマイッターの棒の間隔を広げてしまったことも少なからずあったに相違ない。いずれにしろ5日間ほどは心を鬼にしてハチマイッターを設置し続けねばならぬ。

 女王蜂を巣において逃げる群が出る。女王蜂が巣にとどまっておればまぁ殆どの群が巣に戻ってくる。それはそれで実践的には正しい。ところが考えてみると、もしハチマイッターがないと実は女王蜂も働き蜂の群に惹かれて巣を逃げ出すのが自然界ではむしろ自然なのだ。とすれば、群をコントロールしているのは女王蜂ではなく実は働き蜂ということになる。けれども働き蜂は越冬期こそ半年近く生き延びる個体もあるようだが、通常は2〜3ヶ月の寿命だそうだ。一方で、これにひきかえ女王蜂の寿命は2〜4年といわれている。更新する働き蜂が記憶を伝達しているとは思えない。かといって女王蜂は記述の通りだとすれば、群のコントロールはDNAに求めるしかないのだろうか。だいたいが分蜂する蜂と居残る蜂はどうやって分けているんだろう。分蜂群を取り込んだ箱を本巣からうんと遠い場所におくが、新しい箱に取り損ねた蜂たちはしばらく周辺を彷徨った後、本巣に帰る。したがって、引っ越す蜂とそうでない蜂がきっちり区別されているようにも思える。不思議な日本蜜蜂の習性である。(2006.5.10)

Q8 交尾飛行はドキドキ


 取り込まれた蜂は第1の分蜂は本巣に居た母親の女王蜂の群。これは既に交尾済みだから、なんとか女王蜂さえ逃がさなければいい。したがって冷酷無比にハチマイッターを1週間もつけておけば流蜜さえ多ければなんとか営巣を始めてくれる。そうなってからハチマイッターを外すが、その後の逃避行動については環境要因を分析しなければなんともいえない。取り込んでから、やるべきことはやったといえるだろう。

 ところが第2分蜂は未交尾女王群だとみなければならない。とすると、ハチマイッターの使用書には「3日から5日過ぎ普通に働き蜂が出入りするようになりましたら、午後の3時頃ハチマイッターを取り外し女王蜂を外に出して単独飛行させます」とある。つまりは、逃避行動として女王蜂を逃がしてはいけないが、どうも今後2〜3年にわたって卵を産み続けるためには女王蜂はこの時期交尾をしておかないといけないらしいのだ。それもなるべく多くの雄蜂と飽きるだけ交尾させる。そして、交尾が済んだ(飽きた)女王蜂は巣から出たがらなくなるのだそうだ。

 確かに観察していると、第2分蜂の女王蜂は3日目頃の昼頃からハチマイッターの檻の中を外に出ようと藻掻く。しかし、この娘女王蜂を放してやると群全体が居なくならないとも限らないのだ。けれども一方では、既述のように交尾飛行に出してやらなければ営巣活動は始まらない。さぁ、どうしよう。

 そこで放してやる時間帯がポイントになる。M師は「15時から15時15分の間にせよ」と簡明に答える。これは分蜂や逃避行動の発生しやすい午前中から午後2時頃を避けて、しかも雄蜂の交尾飛行の午後2時から4時の時間帯を外さないように、さらには女王蜂の交尾飛行の平均帰巣時間15分から45分という観察、夕方から夜にかけては蜂はあまり動かないという経験を重ね合わせて算出された解放時間帯なのだ。

 しかし昼前後から藻掻いている女王蜂を観察している身には、本能に突き動かされ藻掻く女王蜂を早く解き放ってやりたい欲求に駆られる。檻さえなければ、自然の状態であれば、彼女らは自由に飛び立って、交尾をしているのだ。そこには我々がまだ知らない自然の摂理が働いているかもしれないのだ。我々の知識はまだほんの一部だ。

 様々な逡巡の果てに、わたしはハチマイッターを外す。その手元から女王蜂が飛び立つ。果たして帰ってくるのか。

 幸い1日目の飛行は40分ほどして帰巣した。2日目は15分程で帰ってきた。しかも交尾標章を確認できた。ハラハラドキドキの交尾飛行は、3日目、4日目と続き、ついにはハチマイッターを取り外すに至ったのである。(2006.5.10)

 

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